ですしねえ。
それに、わたしは、その龍造寺何とか様とおっしゃるお侍が、掛川においでになるのが、心配で、何かあぶないことになりそうで、それで一つは、お高さまを掛川へ出してあげたくないのでございますよ。男の方は、どんなお友だちでも、女子《おなご》のこととなりますと、別でございますからねえ」
「さようでございますか」
「そうでございますとも。お高さまが若松屋さんを慕っておいでなさるんでしたら、いっそう掛川行きはおよしなさいましよ」
お高は、急にわっと泣き叫んで、おせい様の膝に突っ伏した。おせい様も、おろおろ声なのだ。おせい様は、泣いているお高を慰めていいか、そして、どうして慰むべきであろうかと考えているうちに、じぶんでも泣けてくるのだ。
「何も泣くことはありませんよ。世の中は、うつろなようでうつろではございませんよ。わたしは、お高さんが大好きでございますからねえ。あなたには、わたくしのような小母《おば》さんがついていますと、ようございますよ。わたしはご存じのとおりの馬鹿でございますけれど、理解《わか》ることだけはわかるつもりでございますよ。人を思うことが、どんなに苦しいことか」
おせい様の声は、すっかり涙にのまれて、聞こえたり、聞こえなかったりした。「人を思うことが、どんなに苦しいことか――この年齢《とし》になって、あの人というものが、わたしの前に立ったのでございますよ。
お高さま、お高さまは、あの人のお内儀《かみ》でございますよねえ。一度はいいえ、ひところは、心《しん》からあの人を好きだとお思いになったこともございましょうよ。どんなに女をあやなして、好きにさせることの上手《じょうず》な人か、お高さまは、よくご存じでございますよねえ。
あの人は、あの人は――あの人はああなって、お高さまもいま掛川へおたちになってしまえば、わたしは、一人ぽっちでございますよ。掛川へなぞいらしってはいけませんよ」
おせい様とお高は、たがいにかき集めるように抱き合って、長いこと泣いた。二人の周囲から世の中が遠のいて、なみだとすすり泣きの声が、あるだけだった。
おせい様が、さきに鼻をかみ出して、じぶんの膝に押しつけているお高の顔を、両手にはさんで押し上げるようにした。おせい様は、洗われたような顔を、恥ずかしそうに笑わせていた。
「泣くのはいけませんでございますよ。くたびれますよ」
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