を、おあきらめになれないのでございますか」
「あなたには、すみませんよねえ。かりにも良人となっている人を――」
「わたくしは、思い切って、掛川へまいりましょうかしら」
「いいえ。掛川へいらっしゃるのは、いけませんよ」
「なぜでございますか」
「なぜでもいけませんよ。男の方がおふたり行っていらしって、お二人ともあなたに――何というお侍様でしたかしら? いつかお話しなさいましたよねえ。若松屋さんにお金をお立て替えになって、その掛川の宿屋とかをお引き請けになって、それから、お寺様へ御喜捨なすって掛川へおいでになったという――」
「龍造寺主計さまでございますか」
「そうですよ。その龍造寺主計さまも、あなたを想っていらっしゃるといういつかのお話ではございませんか。で、ございますから、掛川へおいでになるのは、およしなさいましよ。一つ家《や》で男ふたりに想われて中にはさまれるのは、あぶのうございますよ」
 お高が、赧《あか》くなって黙ってうつむくと、おせい様は語をつないで、
「お高様は、若松屋さまを、慕っておいでなのでございますか」
「はい」
「それで、磯五さんとは、ちゃんと切れていないのでございますねえ。まだ夫婦ということになっているのでございますねえ」
「はい。そうでございます。一度、縁切れ状まで書いてくれましたのに、わたくしが母のお金を受けつぐことを、どこからかかぎ出しまして、その離縁状もあとから引ったくって破いてしまいましてございます。どうしても別れると申しませんのでございます。
 あの人は、お金が眼当てでございますからねえ。こうなれば、どんなことがありましても、名だけでも夫婦ということにしておきたいのでございますよ。あさましい人でございますよ」

      二

「お高さま、そんならなお掛川へ行ってはいけませんよ。磯五さんという人があって、若松屋さんと夫婦《いっしょ》になることができないのに、若松屋さんといっしょにいては、若松屋さんも苦しゅうございますし、あなたも、苦しゅうございますからねえ。両方がお可哀そうでございますよ」
「でも、こうして離れていて、両方が可哀そうだとはおせい様は、お考えになりませんでございますか」
「それは、想いあっていて、そうして離れていらっしゃるのは、お可哀そうでございますけれど、でも、掛川へいらしっても、晴れて夫婦《いっしょ》にはなれません
前へ 次へ
全276ページ中242ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング