がして若松屋惣七の膝へ顔を投げて泣き入りたかったが、そうはしなかった。磯五との関係が白か黒かに決着がつくまでは、じぶんの感情も流れにまかせてはならないし、若松屋惣七のこころもちをも、これ以上突き詰めたものにしてはならないと、とっさに気がついたからだった。
 お高は、おなかの子供のことさえなければ、何もかもそのままにして、自分一人でどこか遠い旅へでもたってしまいたかった。それは若松屋惣七の前にいると、じぶんも苦しいし、若松屋惣七をも苦しめるのが、それがまた苦しいので、いっそそんなことも考えられるのだったが、それは、お高が若松屋惣七を恋しているからで、ではといって、思い切ってそうし得ないのも、つまりは、同じ理由からだった。
「お金をやって手を切ってもらえれば、一番いいのでございますけれど、そのお金がくるのやらこないのやら」
「縁切りになっておると申したではないか」
 お高ははっとして、その若松屋惣七のことばを無視しようと努めた。そして、
「いっそ死にでもしてくれますと――」
 といいかけて、いっそうはっ[#「はっ」に傍点]として口をつぐんだ。あわてて、上眼づかいに若松屋惣七を見た。
 若松屋惣七は、平然としていた。聞こえないようすなのだ。しかし聞こえないはずはない。若松屋惣七も、そのお高のことばを無視して、ぎょっとしたのを隠そうとしているらしかった。表情のない人なので、顔には何も出ていなかった。
 しばらくしていった。
「わしとお前とのことは、どこまで行っても、同じであろう。近いようで遠い。な、それだけのことじゃ。これは、星が悪いのであろうとわしは思う」
 若松屋惣七は、ここで珍しいことをした。大声を立てて笑ったのだ。その笑い声に消されて、お高の泣き声は、若松屋惣七には聞こえなかった。

      四

 若松屋惣七が、麦田一八郎にも頼んで、二人で磯五を看視して、お高に近づけないようにすること、そのうちには、お高の出生や生い立ちを知っている生きた証人も現われるだろうし、父として死んだ他人の相良寛十郎と、ほんものの相良寛十郎との仔細《しさい》も分明して、財産の一件もどのみち落ち着くことであろう。そういう話になって、当分はじっとしているよりほかないのだった。
 十日ほどして、磯五からのがれるために、おせい様は西京《さいきょう》のほうへ旅をすることになった。気候はよし、東海
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