よろしゅうございましょう」
「いやいや、公儀へ訴え出ても、むだだ。取りあげにならぬことは、わかっている。その者は、やいばで人を斬ったのでも、毒を盛って殺したのでもないのだ。わたしが、めぐりあわぬことには、そやつに、罰の下りようはないのだ」
 お高は、相手の力づよいことばに、何となく、こころよい戦慄《せんりつ》を感じた。龍造寺主計の大まかな顔がゆったりと笑っていた。お高は、ふと若松屋惣七のことを思いうかべた。同時に、磯五のことが、あたまにきた。そして、若松屋惣七や、この、刀をひいている変わったおさむらいにくらべて、磯五は、虫《むし》けらのなかの虫けらであると思った。
 龍造寺主計は、何ごとか思いついたらしい。刀をおいた彼は、無器用な手つきで、ふところをさぐって、はだの脂《あぶら》を吸って黒く光っている、胴巻きをとり出した。胴まきは、ずっしりと重そうに、ふくらんでいた。龍造寺主計は、その中から、小判をつかみ出していた。それは、ざっと十両であった。
「忘れるところであった。江戸へ参った記念に、何かためになるところへ、この金子《きんす》をおさめたいと思うのだが――このへんに、子供はおらぬかな」
「子供衆でございますか。子供衆ならこのおもての金剛寺というお寺に、たくさんおりますでございますよ。あそこには、一空和尚《いっくうおしょう》というえらい坊さんがいらしって、御自分の坊に、この界隈《かいわい》のおこども衆をおおぜい集めて、学問を教えておいでになりますから」
「何という坊主だ」
「慧日山《けいにちざん》金剛寺の、一空和尚でございますよ」
「しからば、その坊主のもとへ、この金子を献じて参ろう。若松屋どのの帰りを待つあいだに、ちょっと行って来ましょう」
 龍造寺主計は、手の小判をちゃらちゃらいわせて、飄々《ひょうひょう》と[#「飄々《ひょうひょう》と」は底本では「飄《ひょう》、飄と」]たち上がっていた。


    衣懸《きぬかけ》の松


      一

 龍造寺主計は、思い立つとすぐ、うらの金剛寺の一空和尚のところへ金を納めに出て行った。
 お高は、何という変わったお侍であろうと思った。そして、しじゅう近所の子供を集めて、子供たちといっしょに遊びながら学問を教えている、あの一空和尚のでっぷり肥《ふと》った。のんきそうな顔を思い浮かべた。あれでこれから春秋《しゅんじゅう》の
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