たしおり候ことお察し願い上げそろ。今回磯五になりかわり、当若松屋が御督促申しあげ候以上、もはや猶予のお申し出には応じ難く、一両日中に即金二百五十両お払いくだされたく、伏して願い上げ申し候。なおしかるべき御返答これなきときは、ただちに公事におよぶべき手配、当方において相ととのいおり候旨、念のため申し添え候。
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      四

「これで、すこしは驚くことであろう」
 若松屋は、声をたてて笑う。面白くてたまらないといった、屈託のないわらい声である。それが、けむりか何ぞのように、眼に見えて、軒を逃げて、樹間に象眼《ぞうがん》された冬ぞらへ吸われていくような気がするのだ。
 お高は、筆をおいて、ぼんやり戸外《そと》を見あげている。惣七が、いっていた。
「二百五十両も、衣裳《いしょう》を買いこむやつも、買い込むやつだが、貸すほうも、貸すほうだて。全く、笑わせる。女子《おなご》のなかには、度し難いのがおるものだな」
 お高が、きいた。物思いから、急にさめたような声だ。
「あの、あて名は、麻布十番の馬場屋敷内、高音と申すのでござりますか」
「さよう。麻布十番の馬場屋敷居住、高音という女です、愚かなやつだ」
「はい」
「きょうは、手紙は、それでおしまいにしましょう」
「はい」
「疲れたであろう。大儀《たいぎ》大儀《たいぎ》。ゆっくり休息なされたがよい」
「はい」
「もうよい。あすまで用はない」
「はい」
「用がないと申したら、用はないのだ」惣七は、じりじりと甲高《かんだか》い声になっていった。「早く、部屋へ引き取れ」
「はい」
「な、何をぐずぐずといたしおるのだ!」
「はい。あの――」
「何?」
「あの、磯五は、磯五とやら申す呉服屋は、そんなに恐ろしい店なのでござりますか」
「恐ろしい? なにがおそろしいのだ。いや、金のこととなると、世間はみんな恐ろしいぞ。金にかけては、人はすべて鬼なのだ。まず、この若松屋惣七がその筆頭かな」
「はい」
「はいという返事は手ひどいぞ。ははははは、なに、このごろ、磯五の店を暖簾ごと買い取ったものがあってな、つまり、磯五は磯五だが、そっくり人手に渡ったのだ。そのあたらしい主人《あるじ》というのが、眉毛に火がついたように、古い貸しの取り立てをはじめている。この高音のほうも、その一つだろう」
「はい。そうしますと磯五には、あたらし
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