い金主がついたのでございましょうか」
「金主かどうか、それは知らぬ。が、店の名義は、変わったな。挨拶が参っている。それやこれやで、古証文に口をきかせて、いくらにでもしようというのであろう。よくあるやつだが、今度の磯五は、腰が強そうだぞ」
「はい」
「呉服仲間は、馬鹿にできん商売|仇敵《がたき》として、はやおそれておる」
「はい」
「もうゆきなさい。わしも、ちと横になろう」
「では、あの、お床をおとり申しましょうか」
「ううん。それには及ばぬ。たたみの上で、結構だ。手まくらで、とろとろと致そう」
「はい」
「早うあちらへまいれ! その手紙を、それぞれ使いに持たせて、即刻届けさせるのだ」
 惣七は、叫ぶようにいった。惣七の声が高まるのは、これから機嫌のわるくなる証拠だ。お高は、早々に座を立って、男たちの部屋へ行った。いま書いた四、五の状箱をかかえて行った。玄関わきの、もとの用人部屋には、佐吉《さきち》と国平《くにへい》と滝蔵《たきぞう》という、三人の男衆が、勝手な恰好《かっこう》で寝そべって、むだばなしをしていた。
「どら、風呂《ふろ》をたてべえか」
 と、佐吉がたち上がったところへ、文箱を重ねてかかえたお高が、そっとはいって行った。
 はでな色が、不意に動いたのにおどろいて、三人は一時にお高を見た。
「お使いですかい」
 内儀《ないぎ》同様のお高なので、このごろでは、男たちも、改まった口をきいているのだ。
「あい。ちょっと行ってもらいましょうよ。三人手分けをして届けてもらうのですよ」
「ようがす」三人は、いっしょに手を出した。
「あっしは、どっちをまわるのですね」
 お高は、一つだけ残して、佐吉と国平と滝蔵に状箱を振り当てて、それぞれゆく先を教えた。滝蔵が、お高の手に残っている一つに、眼をとめた。
「それは、どうするのですね。誰か持って行かねえでも、いいのですかね」
「これはいいの」お高は、あわてて、その状箱を隠すようにした。
「これは、あたしが持って行くから――」
 それは、若松屋あつかい磯五より、高音さまへ、とある、あれだった。


    客


      一

 あくる朝だ。
 松の影が、たたくように障子に揺れている。朝ももう、正午《ひる》近く進んでいることがわかるのだ。若松屋惣七は、石のようにむっつりして、寝床からたった。お高は、きのうから顔を見せない。ど
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