えて睨みあげた。
「こら、てめえら、笑ったな。何がおかしい! 貴様ら素町人に、吾輩の真意がわかるか。禄を失って路頭に迷えばこそ、恥を忍び、節を屈して、かくは自分を売りに出したのだ。何とかして食おうとする人間の真剣な努力が、何でそんなにおかしいのだ、ううん?」
「お侍さん、何ぼお困りでも、あんまり酔狂《すいきょう》が過ぎましょうぜ。」
 急に町人めかした口調で、そういい出した唯七の袖を、新六は、懸命に引いて、
「止せ。相手になるな。変に文句をつけられると、うるさいから。」
 下では、狂太郎が、大声に、
「この男売りものてえのを笑う以上、お前たちに買う力があるのであろう。よし。そんなら一つ、おれをこのまま、買ってもらうことにする。」
 許せ――と、聞こえて、その、あぶれ者の浪人は、もう、佐原屋の土間口へ踏みこんだ様子だ。

      二

 垣見吾平、左内の大石父子と、小野寺十内は、初対面らしくよそおって、それぞれ身分を明かしなどしてから、道中の話しや、これから下って行く江戸の噂や、わざと大声に、雑談に耽っていた。
 すこし離れた、はしご段のとっつきの小暗い一間から、
「だからよ、いわね
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