ありましょうや。たとえ精進日であっても、江戸お着の当日は、けっして精進はいたされません。魚類で結構、どころか、魚類でなければならぬ。手前は、誰が何といっても、魚類を進ぜるつもりです。」
吉良は、背骨が棒に化《な》ったように硬直して、唾を呑《の》んでいるだけだった。
手が、自動的に、ひらいたり閉じたりして、袴の膝を握りしめていた。
二
「いえ、けっして、お思召しに添わないなどと、さようなことを申すのではございません。ただ――。」
押さえ来かかった吉良の手だった。それを、あまり強く払ったことに気づいて、お糸は、はっとしていた。
ここで、こんなことで露顕しては――と、お糸の糸重は、無理に艶《つや》やかな媚笑《わらい》を作った。
「そのお約束で、御奉公に上っております糸でございます。何で御意《ぎょい》に抗《さから》いましょう。殿様さえお心変りなさらなければ、末長く――でも、きっとすぐお飽きになって――。」
いいながら、いくら間者《かんじゃ》としても、心にもない言《こと》を――と思いながらも、糸重は、現在、良人、良人の兄、自分を苦しめている吉良へ、こんなことまで口にして
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