しんみりと、
「おあにい様のお身の上――ひいては、お家が第一でございますから。」
「ついては、おれに策がないでもない。お前にも、ちょっと働いてもらわねばならんかもしれぬが。」
辰馬の声に、きっとしたものが聞かれて、糸重は、身を固くした。
「はい、何なりと――。」
「平茂のう、あの、担《かつ》ぎ小間物の――。」
と私語になって、辰馬がにじり寄って来ていた。
二
駿河町の裏通りの自宅を出た平野屋茂吉は、高価な商売物のはいった桐箱を、風呂敷包にして提げて、片手に傘をさして歩いていた。
鎌倉河岸《かまくらがし》に、三月の雪が降って、茶いろのぬかるみに白い斑点があった。
「おい、平茂じゃあねえか。」
辰馬は、御家人くずれといった、やくざな服装でそこらをぶらつきながら、平茂を張っていたのだった。
声をかけて、傘の下へはいって行った。
「どこへ行く。嫌なものが、落ちたぜ。」
「おや、これは、岡部の若殿様でしたか。」
きょとんとしたが、顔中に愛嬌を見せた平茂は、
「そのお拵《こしら》えは――ははあ、雪の日に、尾羽《おは》打《う》ち枯らした御浪人、刀をさした案山子《かかし》
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