え記憶《おぼ》えておれば、だいたい間違いはあるまい。」
夫婦はふたりいっしょにほっと安心の息をもらした。
糸重が、笑った。
「ほんとに、昨年の御本役、亀井様にお尋ねとは、思いつきでございました。」
「兄貴がああいう性質だから、傍がやきもきして、手落ちのないように盛り立てねばならぬ。お日取りという第一の難関は、これで過ぎたが――いや、賄賂さえつかわせば、何のことはないんだがなあ。」
「兄上様に知れずに、こっそり――。」
「それはできぬ。吉良の態度で、兄にすぐ知れるよ。」
糸重は、黙り込んだ。
腕を組み直して、辰馬が、妻の顔を覗きこむように、
「亀井殿に訊くことも、そうたびたびはならぬ。また、昨年と今年で、じっさい変ることもあるに相違ない。土台、兄貴の頑固ときたら、何も知らんくせに、自分一個の量見《りょうけん》で押し通すなどと、おれにさえ聴こうとはせぬ。書き物にして、そっと机のうえに残しておくと、人のおらぬのを見すまして一生懸命に読む始末だ。兄貴の面白いところだが、今度は困ったよ。あれで、短気だから、吉良の性悪《しょうわる》に勘忍しきれずに、大事にならねばよいが――。」
糸重が、
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