吉良は、取り合わずに、さっさと歩き出していた。美濃守の声が、追っかけた。
「お出迎えは、どこまで出るのですか。」
 吉良を振り向かせるまでに、美濃守は、同じ問を根気よく、三、四度くり返した。
「お! 美濃守じゃったな。先日はまた、結構な扇箱を――お出迎えぐらいのことを御存じないとは、御冗談でしょう。」
「知っておれば訊きませぬ。知らぬから訊く。品川までかな?」
「品川にはおよびません。芝|御霊屋《みたまや》の前あたりまで出られたら、よろしかろう。」
「しからば、」美濃守は、顔いっぱいに笑って、「品川までお出迎えいたしましょう。どうも自分は、吉良殿の逆を往くことが好きでな。」
 ほんとうは、もちろん品川まで迎えに出なければならないのだった。
「御随意に。」
 さっと赤くなった吉良は、すぐ蒼く、こまかくふるえて、美濃守に背中を見せた。
 が、足をゆるめて、肩越しに、
「勅使院使のお日取り――御存じのうてはかないませぬぞ。」
 美濃守は、首を傾《かし》げた。
「知りませんな。が、これだけのことは存じておる――勅使院使公家参向当日、お使い御老中、高家さしそえこれをつかわさる。御対顔につき、登
前へ 次へ
全47ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング