城。摂家宮《せっけのみや》、門跡《もんぜき》方、その他使者楽人、三職人御礼。溜詰御譜代衆、お役人出仕。御対顔済み、下され物あり。御饗応前、お能見物の儀、御三家、両|番頭《ばんがしら》の内。御返答につき、公家衆地下一統出仕。おいとま仰せ出ださる。一同拝領物。発駕《はつが》之日、御馳走大名お届け登城――。」
おや! と思いながら、
「もうよろしい。お日取りというのは、それです。」
「何だ、これしきのことですか。」
吉良は、むっとした。しかし、殿中だった。じっと自分を抑えて、美濃守の嘲笑をあとに、足を早めた。
身を変えて
一
「御覧になったでしょうか。」
糸重《いとえ》は、白い顔を上げて、良人を見た。
床柱にもたれて、辰馬は、眼をつぶっていた。しばらく答えなかった。
辰馬の住いに、水のような暮色が、忍び寄っていた。室内は、灯がほしかった。
「見たろう。」辰馬がいった。「机の上に置いてきたから――。」
「紙にお書きになって――。」
「うむ。多湖殿に頼んで、写さしてもらったのだ。気持ちよく見せてくれたよ。お日取りなどは、毎年変るものではないから、兄貴が、あれさえ記憶《おぼ》えておれば、だいたい間違いはあるまい。」
夫婦はふたりいっしょにほっと安心の息をもらした。
糸重が、笑った。
「ほんとに、昨年の御本役、亀井様にお尋ねとは、思いつきでございました。」
「兄貴がああいう性質だから、傍がやきもきして、手落ちのないように盛り立てねばならぬ。お日取りという第一の難関は、これで過ぎたが――いや、賄賂さえつかわせば、何のことはないんだがなあ。」
「兄上様に知れずに、こっそり――。」
「それはできぬ。吉良の態度で、兄にすぐ知れるよ。」
糸重は、黙り込んだ。
腕を組み直して、辰馬が、妻の顔を覗きこむように、
「亀井殿に訊くことも、そうたびたびはならぬ。また、昨年と今年で、じっさい変ることもあるに相違ない。土台、兄貴の頑固ときたら、何も知らんくせに、自分一個の量見《りょうけん》で押し通すなどと、おれにさえ聴こうとはせぬ。書き物にして、そっと机のうえに残しておくと、人のおらぬのを見すまして一生懸命に読む始末だ。兄貴の面白いところだが、今度は困ったよ。あれで、短気だから、吉良の性悪《しょうわる》に勘忍しきれずに、大事にならねばよいが――。」
糸重が、しんみりと、
「おあにい様のお身の上――ひいては、お家が第一でございますから。」
「ついては、おれに策がないでもない。お前にも、ちょっと働いてもらわねばならんかもしれぬが。」
辰馬の声に、きっとしたものが聞かれて、糸重は、身を固くした。
「はい、何なりと――。」
「平茂のう、あの、担《かつ》ぎ小間物の――。」
と私語になって、辰馬がにじり寄って来ていた。
二
駿河町の裏通りの自宅を出た平野屋茂吉は、高価な商売物のはいった桐箱を、風呂敷包にして提げて、片手に傘をさして歩いていた。
鎌倉河岸《かまくらがし》に、三月の雪が降って、茶いろのぬかるみに白い斑点があった。
「おい、平茂じゃあねえか。」
辰馬は、御家人くずれといった、やくざな服装でそこらをぶらつきながら、平茂を張っていたのだった。
声をかけて、傘の下へはいって行った。
「どこへ行く。嫌なものが、落ちたぜ。」
「おや、これは、岡部の若殿様でしたか。」
きょとんとしたが、顔中に愛嬌を見せた平茂は、
「そのお拵《こしら》えは――ははあ、雪の日に、尾羽《おは》打《う》ち枯らした御浪人、刀をさした案山子《かかし》という御趣向で、なるほどな、おそれいりました。おそれいりました。」
「胡麻《ごま》をするなよ。好きで、こんな恰好ができるか。」
並んで、歩き出した。
「しかし、御無沙汰つづきで――お見それ申しやしたよ。」
だしぬけに、辰馬がいった。
「兄貴が、かまってくれぬ。恥かしながら、このざまだ――。」
「へ?」
平茂が訊き返したが、辰馬は、ひとり合点でしゃべりつづけた。
「不如意だらけ――どうにもこうにもやりきれんのだ。一時、女房を預けたいと思うのだが――。」
「糸重様を?」平茂は、歩をとめて、狡猾そうに辰馬を見た。「御冗談で。」
「背に腹は換えられぬ。本人も承知だ。妾奉公でも何でも、といっておる。」
二人は、どっちからともなく、降雪《ゆき》の中に、膝を包んでしゃがんでいた。
声をひそめて、辰馬が、
「貴様、鍛冶橋のおやじにひとり、頼まれてるというじゃねえか。」
「吉良様ですか。よく御存じで。」
「地獄耳よ。早えやな。きまったのか、そっちのほうは。」
「いえ、まだお見せしたわけではなし、決まったというわけではございませんが――ほんとですか、殿様。」
「うそでこんなことがいえるか。ぜひ糸
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