十寸見が、不思議そうに、無言の顔を見合わせていると、美濃守が、神経をぴりりとさせて、
「早くせぬか。吉良は吉良、おれにはおれのやり方がある。」
 そんなら訊かせになどやらなければいいのに、と、久野と十寸見は、不平だった。

      四

 広光院の内玄関に、人声が沸いて、吉良の一行が着いた。勅使の宿舎を、下検分に来たのだった。
 その天奏の江戸入りの日も、近かった。吉良は、先日岡部から、この宿坊のことを訊きに来たとき、ざっと掃くくらいでよいといってやってあるので、手入れなどは何もできていないであろうから、それを機会《きっかけ》に、美濃守をとっちめてやろうと、いくぶん今日をたのしみにしていた。
 いうまでもなく、とり換え得るものはすべて新しくして、隅ずみまで細かい注意を払っておくべきなのだった。
 今日になって騒いだとて、もうお着の日が迫っている。間に合わぬ――吉良は、完全に美濃守に復讐した気で、久しぶりに晴ればれと、広光院の門を潜った。
 が、まず庭に、見事に手が届いているのが、吉良の腑《ふ》に落ちなかった。そして玄関をはいると、新壁《あらかべ》と、あたらしい畳のにおいが、鼻をついた。
「すっかりやってあるわい。」つぶやいた吉良は、裏切られたような別の怒りが、こみ上げてきた。「何からなにまで、法どおりに準備《ととの》えおったらしいぞ。」
 奥から、美濃守の大声が聞こえてきていたが、取次ぎが、吉良の来たことを知らせても、出てくる気配はなかった。
 久野と十寸見に案内させて、各部屋を見て廻りながら、吉良は、歯を食いしばっていた。
「これでよい。何も申すことはござらぬ。美濃守は、手前以上に御存じでいらっしゃるから――。」
 と、ふと、座敷の隅を見て、
「あそこには屏風《びょうぶ》が一双ほしいところじゃが――。」
 閉めきった隣りの室から、声が聞こえてきた。
「兄上、ここを開けましたる次の部屋に置きます屏風は、狩野《かのう》法眼《ほうげん》永徳《えいとく》あたりが、出ず入らずのところと――。」
 そのとおりだった。永徳とは、適《かな》ったことをいうやつ――誰だろう、と吉良は、不審に思った。
 ぐっとつまって、立ちすくんだように黙っていると、隣室からは、美濃守の声で、
「これ、辰馬の申すように、永徳の屏風をひとつ、つぎの座敷へ入れておくのじゃ。」
 係の者が、承知して、頭
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