答えた。六樹園は喫驚《きっきょう》して客の顔を見つめた。
「なにごとも生活《たつき》のためと仰せらるる。」
「さよう。大人の御勉強、御著述も、早く言えば生活のためでげしょう。」
「いや、拙《せつ》はさようなことは考えませぬ。拙は文学道のためにのみ筆をとります。」
六樹園は昂然として言った。今度は三馬がびっくりした。
「文学道――さようなものはどこにあるか一度めぐり会いてえものでげす。」
と三馬はにたにたして語をつないだ。
「なるほど、六樹園大人は小伝馬町の名だたる旅亭《りょてい》糠屋《ぬかや》のおん曹子《ぞうし》、生涯衣食に窮せぬ財を擁してこそ、はじめて文学道の何のときいた風な口がきけやす。文を売って右から左に一家の口を糊《のり》する輩は、正直に売文を名乗ったほうがまだ茶気があるだけでも助かりやす。」
ずいぶんものの考え方が違うものだと六樹園は思った。度し難い気がして黙ってしまった。同じ文字のことに携《たずさわ》ってながらこんなに立場が違うのはどういうわけであろうと倉皇《そうこう》のあいだに考えてみた。すると三馬がいま言った生活という言葉が深く自分の心に残っているのに六樹園は気が
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