鍛冶《こかじ》宗遠《むねとお》を殺《あや》め、仇敵と狙われることになったのをいいことに、敵討興行の看板を揚げて勝負をしようとしたところが、自分に余計な助太刀があらわれて相手を返り討ちにしてしまった。あまりの不憫《ふびん》さに無常を感じ、法体となって名を蔵主《ぞうす》と改めたと見しは夢、まことは野原の妖狐にあべこべに化かされて、酒菰《さかごも》古畳《ふるだたみ》を袈裟《けさ》衣《ころも》だと思っていたという筋である。
いかさま低級な、人を小馬鹿にした話で、これが受けないわけはないと六樹園は大変な意気込であった。
六樹園はこの巻の終りにこう書いた。
「この本に誰ひとり怪我をした者がない。この上もなくめでたいめでたい。」
と思う存分一世を皮肉ったつもりであった。
ところがこの「敵討記乎汝」は出版されてみるとすこしも売れなかった。洛陽の紙価を高めるどころか何の評判も聞かなかった。六樹園はことごとく案に相違してひどく気に病んだ。出版後それとなく出入りの者に噂のよしあしを訊いてみたり、当分のあいだ家人をあちこちの床屋や湯屋や人の集まる場所へやって探らせてみたが、そういうところでの評判は相変
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