で、この安斎十郎兵衛、じつはいたって眼がきかないときているから、いやはやなんとも心細いかぎりだ。
 しかし、藩中に刀剣の鑑定家をもって自他ともに許している寺中甚吾左衛門をことごとに打ち負かしたのは、今日の安斎十郎兵衛である。おまけに、こう斜《しゃ》にかまえて、延べ鏡のような刀身を陽にすかして、ためつすがめつしているようすが、どうも十郎兵衛をこの上ない眼ききのように見せるからたまらない。一同声を呑んで十郎兵衛の言葉を待っている。
 ところが十郎兵衛、うん[#「うん」に傍点]ともすん[#「すん」に傍点]とも言わない。なに、じつは何にも言うことがないので、そのかわり、しきりに人のわるいことを考えている。
「これは困ったことになったな。まぐれ当りに好い点を取って来たのはいいが、ここでへま[#「へま」に傍点]をやっちゃあすっかりお里が知れてしまう。なんとかうまい工夫はないものかしら。今まで寺中にさからって当ったんだから、今度も一つ逆に出てみようか。ふふふ、すると甚吾のやつめ、なんのことはない俺に正案《しょうあん》を教《きょう》しているようなものだて、うふっ。」
 と、表むきはえらそうに刃すじを見
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