君、飯はまだだと言ったね? (手の紙幣《さつ》束を突き出して)これで何かそこらでやってくれたまえ。僕もつきあえるといいんだが、社にちょっと用があるから、失敬する。(歩きかける)
安重根 (機械的に受取って)御免です! 同志なんかというおめでたい集団力に動かされて――嫌なこってす。誰が他人《ひと》のお先棒になるもんか! 僕はそんなお人好しじゃあないんだ。
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と手の札束に気がついて愕く。
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安重根 (追いかけて)先生、これ、どうしたんです。こんなにたくさん――。
李剛 飯を食って、余ったら旅費のたしにするさ。
安重根 (警戒的に)旅費――?
李剛 (声を潜めて)安君、金は充分か。
安重根 (ぎょっとして飛び退《の》く)金?――何の金です。
李剛 (迫るように寄る)君はさっき、今夜一晩黄成鎬のところへ泊って、明日発つと言ったね。旅費さ。旅費だよ。(意味あり気に)旅に出ると、金が要るからねえ。
安重根 (熱心に)先生、ほんとに僕は途中ちょっとポグラニチナヤへ寄って、それから、家族を迎えに(ハルビンへ)行くんで
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