重根、柳麗玉、第三場の同志一、二および青年独立党員四五十人。

朝鮮服、ルバシカ、破れたる背広等を著たる青年独立党員が、舞台を埋めて立ったり掛けたりしながら、安重根を待って、激越な調子で議論をし合っている。同志一、二の一団はストウブを取り巻き、黄成鎬は離れた卓子に腰かけて他の青年らと話し込んでいる。青年らはテンポの速い会話で、がやがや言っているように聞こえる。
[#ここで字下げ終わり]

[#改行天付き、折り返して1字下げ]
青年A (一隅から)韓国を踏台にして満洲へ伸びようとする日本の野心は、誰に指摘されなくたってわかっているんだ。
青年B (他の側から)おい、そう言えば、今度伊藤が来るのも、ハルビン寛城子間の東清鉄道を買収するためだと言うじゃないか。
青年C (起ち上って)今でさえ日本は、満洲から露領へかけてのさばり返っている。そんなことになろうものなら、俺たちの運動はいったいどうなるというんだ。
黄成鎬 (前からのつづきで周囲の青年達へ)なるほど私は学問はない。が、こうして独立党の方々にお近づきを願って、八道義兵総指揮官金斗星先生にまで、黄さん黄さんと友達づきあいにされている身だし、お前さん方をはじめ党の若い人たちも、なあにウラジオへ行きゃあ黄成鎬のおやじがいるというんで、皆さんここで草鞋を脱いで下さるから、まあ、そんなこんなでこの数年、だいぶ独立党員の面倒を見て来たつもりだが、私はいつも言っていますよ。見てろ、あの安重根という人は今に何かでっかいことをやっつけるぞ――。
[#ここから3字下げ]
青年らはしきりに首肯く。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
同志一 (ストウブの前から青年Aへ言っている)それは君、噂だけだよ。実際前にも一度そんな話があったけれど、条件が折合わないで廃棄されたんだ。
青年D (他の隅から)が、今度蔵相のココフツォフは、全権として重大な使命を帯びて来るというから、伊藤と会えば、あるいはその問題が再燃するかもしれない。
青年C (大声に)そんなことはどうでもいい。おれはたった一つのことだけ知っている!
青年E (腰掛けに仰臥していたのがむっくり起き上って)そうだ! ぐずぐずしていると、おれたちの運動は眼も当てられないことになるんだ――。
[#ここから3字下げ]
これに和して、激した声が騒然と起る時、遠くから「コレア・ウラア! コレア・ウラア!」と二三人の叫び声が近づいて来る。一同は瞬間しんとして聞耳を立てる。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
青年E 安重根だ!
[#ここから3字下げ]
とドアへ走る。青年四五人が「安重根だ。安重根が来た!」と叫びながら続いて、青年Fを先頭に戸外へ駈け出る。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
声 コレア・ウラア! コレア・ウラア!
[#ここから3字下げ]
家の前へ来かかる。室内でも皆足踏みに合わして、「コレア・ウラア」の合唱になる。同志一、二をはじめ多勢窓へ駈け寄って硝子戸を開ける。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
同志一 安君! 安重根君!
[#ここから3字下げ]
いま出て行った青年Fらとともに禹徳淳と白基竜が下手の窓外を通り、すぐにドアからはいって来る。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
同志二 (失望して)何だ、安重根じゃないのか。
禹徳淳 (昂然と)コレア・ウラア! やあ、みんな揃ってるな。
[#ここから3字下げ]
一同はがやがやはいって来て元の位置に戻る。白基竜は悄然と隅の腰掛けにつき、卓子に俯伏す。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
同志一 (禹徳淳へ)いったい安重根さんはどうしたんです。どこにいるんです。
禹徳淳 (ストウブへ進んで)もうストウブが出ているのか。こりゃあ気がきいてる。まったく、夜そとを歩いていると、海から吹いて来る風で頬っぺたが切れそうだからなあ。(気がついて)だが、火のないストウブじゃあしようがない。
黄成鎬 徳淳さん、安さんはまだ見《め》っかりませんかね。皆さんこうしてお待ちかねだが――。
[#ここから3字下げ]
上手、別室のドアがあいて、「ちょいと。」と黄成鎬を呼ぶ妻黄瑞露の声がする。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
ドアの前の青年 (振り返って)おやじさんかい。(黄成鎬へ)おい、おかみさんが呼んでるぞ。
[#ここから3字下げ]
黄成鎬は起って別室へ入り、間もなく、何事か聞き取って承知したる顔で、そっと帰って来て、もとの卓子に腰かけている。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
禹徳淳 (今の黄
前へ 次へ
全30ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング