「わしは何も受け取った記憶《おぼえ》はないぞ」
 侍がからだを揺すぶるのが、わざと嬌態《しな》をつくるとしか見えない、威嚇《おどし》のきかないことおびただしい。
「いったいここの家主《おおや》さんはどちらですい」
 文次がとぼけた顔できいた。
「向島|六阿弥陀《ろくあみだ》の辻善六《つじぜんろく》殿だ」
「して、あなたはどうしてここにいなさるんで?」
 侍は黙っている。この問答、要領を得ないことこの上ない。
「だめだ」安兵衛が口を入れた。「親分、引き上げ引き上げ、このお方に係り合っていちゃあ日が暮れまさあ」
 うなずいた文次、安を従がえてつと縁のほうに動こうとしたとき、
「待て!」
 侍が呼んだ。
 二人が振り返ると、蒼白くすみ切った若侍、ぺっと掌《て》に唾《つば》をして、眠そうな声だ。
「ふん、いつまでもよけいなことを申しおると、用捨《ようしゃ》はない。殺してくれるぞ。この家から生きて出た者はないのだ」
 つぶやいたとたん、おや! と思うと、ぐっとひねった居合腰、同時に眼にもとまらぬ早技《はやわざ》でひゅうい[#「ひゅうい」に傍点]と空にうなった切支丹《きりしたん》十字の呪縛剣《じゅ
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