いほうだから、この屋敷にしたところで五百|坪《つぼ》はないくらい、決してたいした構えではないが、それでも格式だけは大事にして、明様《みんよう》の土塀《どべい》に型ばかりのお長屋門、細目に潜《くぐ》りをあけてのぞくと、数寄屋詰道句風《すきやづめどうくふう》をまねた前庭の飛び石づたいに、大玄関の敷台が見えて、何年にも手入れをしないらしく雑草にうずもれて早咲きの霧島《きりしま》がほころびているぐあい、とにかく、町人づらをおどかすだけのことはある。
 すばやくはいり込んだ、文次、折よく誰にも見とがめられずに、追われるように表玄関へかかって、土間に立って案内を乞うた。
「お頼み申します――お頼み申します」
 しいん[#「しいん」に傍点]として、人の気配もない。
 広い邸内《やしき》に反響《こだま》して返って来る自分の声を聞いたとき、何となく文次は、ぶるる[#「ぶるる」に傍点]と身ぶるいを禁じ得なかったが、気を取り直して、もう一度。
「おたのうもう――」
 とやろうとすると、
「誰だ」
 低い、けれども霜のように冷たい声、それが、意外にもすぐ前でしたから、文次はちょっとどきん[#「どきん」に傍点]
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