がお店の久七どんは確かに渡したと――」
「はい」閑山は気を詰めて、文次の答えを待っている。
「ちっ、困ったなあ」腕組みをほどいた文次が、「この稼業《しょうべえ》ばかりは何からどう糸を引くかしれねえから、では、ちょっくら出張って――」
閑山は平蜘蛛《ひらぐも》のように額を畳にすりつけた。文次はたち上がる。
「姉《あね》さん、そっちの帯を出して。そいから、すまねえが、雲母橋《きららばし》へ走って、安にすぐ来るようにいって来てくんねえ」
湯上がり姿にゃ親でも惚れる
そうだ、違《ちげ》えねえ――。
あの女、あの女、紛れもねえ彼奴《あいつ》だ。顔にこれ[#「これ」に傍点]ぞという眼じるしがないのも、一点非の打ちどころがなければこそで、ああ生きの好い江戸前の小魚が、そうざら[#「ざら」に傍点]におよいでいるわけはない。
待てよ。眼じるしがないとはいわさぬ。
まなざし口もと、あれが何よりの人別ではないか。恋の諸分《しょわけ》によくいうやつだが「眼も口ほどにものをいい」全くだ、あれは無情の石でも木でも草でも、眼に映る物なら何にでも色をしいている眼だ。あの女に見られた男は、誰でもただ
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