り」に傍点]とひいていた。
すべての憂《う》さが忍び音の唄《うた》と糸とに溶けて行く。
女の頬に、涙の糸が白く光っていた。
そうしたまま、夕風の立つのも知らずにいた。
突然、戸外《おもて》にあわただしい跫音がして、がらりと格子があいた。一拍子に飛び込んで来た異様な男。
盲目縞《めくらじま》の長袢纒《ながはんてん》、首に豆絞りを結んでいる。
よく見れば、主人《あるじ》、手枕舎里好ではないか!
どこで着かえたものか、まるで別人だ。それが、
「お、おきんさん!」
と血相を変えて駈け上がったが、とみには口もきけずに縦横無尽に手まねをしている。
女はうろうろ[#「うろうろ」に傍点]するばかり。
このとき、三味線堀へ出る韓信橋《かんしんばし》を、昌平橋《しようへいばし》から掏摸《すり》を追っかけて来たいろは屋文次が、息を切らして走っていた。
渡ればこの家の前。
「野郎、どうもこのへんで消えたようだて――はあてね」
――と、そこの格子が文次の眼にとまった。
御用帳
お人違いでござんしょう
「野郎、どうもこのへんで消えたようだて――はあてね」
妻恋坂影
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