《あさじがはら》の闇黒にのまれてしまった。
 あとには、夜の春雨が霏々《ひひ》としてむせび泣いて、九刻《ここのつ》であろう、雲の低い空に、鐘の音が吸われていった。
 ふ[#「ふ」に傍点]と気がつくと、帰雁の柄《つか》へかけた右手の甲に、夜目にも白い雨滴が流れて、さっきの騒ぎに傘を切られた篁守人、頭からびしょ[#「びしょ」に傍点]ぬれになって橋場の通り銭形《ぜにかた》のまえに立っている。
 ぱちんと鍔《つば》を落とすと、守人は、
「ちっ」と舌打ちをした。
「下郎め、この袖の血を見てとび出しおったが、追っ手の者に訴人致す気に相違ない。万一、不浄の小者ででもあってみれば、存分に顔を見られた以上、どうあっても生かしてはおけぬ奴――ううむ、これは惜しいものを取り逃がしたぞ。血しぶきついでに斬って捨てようと存じたに、いつのまにやら見えずになった。いま眼の前にちらつきおったかと思うと、もう半丁さきを駈けおる。いや、脚の早いやつだ。
 まま、おかげでおれも、いやな殺生《せっしょう》を一つせずに済んだというもの。また彼奴《きやつ》とても命拾い、こりゃいっそ[#「いっそ」に傍点]両得かもしれぬ」
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