をかざしてあとへさがった。
狡猾《こうかつ》な遊佐銀二郎、相手の油断を突いておいて、今だ! と思うから早撃ちだ。畳みかけて打ちこんで来る。
あぶない!
守人があぶない!
と見るや、はばかりながら御免安も江戸っ児だ。どっちに味方するんでもないが、きたねえまねが大きらい。
「いやなことをしやがる!」
気がつくとたっていた。そして、再び気がつくと、そこに落ちてた丸太ん棒を引っつかんで、殺陣のまっただなかへとび出していた。
こいつ、とかく酔興だから損をする。
「さあ!」と安公、がなり上げたものだ。「卑怯なまねをさらしやがって! てえっ! こうなれあ俺が相手だ! こん畜生っ! 野ら犬め! ごまかし野郎め! てえっ! 日向水《ひなたみず》の鮒《ふな》ああっぷあっぷ[#「あっぷあっぷ」に傍点]のちょろちょろだい! 何が何でえ! 化け物侍! てへっ! どっちからでも斬って来やがれ!」
いうことははっきり[#「はっきり」に傍点]しないが、銀二郎はまずその早口に度胆《どぎも》を抜かれ、つぎに感心してしまった。
「邪魔ひろぐな。何だ貴様は?」
「何を! こうっ、高田の馬場の安さんだ!」
「どこの安さんと申す?」
「高田の馬場よ」
「それがどうした?」
「どうもしねえ。高田の馬場だから高田の馬場だてんだ」
「狂人《きちがい》だな――何だ、へんな物を持っておるな。植え木か」
「棒だ。泥棒につんぼ[#「つんぼ」に傍点]にしわんぼう、しわんぼうには柿の種とくらい。どうでえ! 驚いたろう?」
「たわけめ! そこのけ」
「どかねえよ。邪魔ならすっぱり斬ってくんねえ。あいにくまだ一度も死んだこたあねえんだ、てへっ! 切るなら斬りあがれ! 駄侍《だざむらい》め!」
「どうもあきれた奴だな。これ、町人、わしはな、十年この方親の仇敵《かたき》を求めて諸国を遍歴致し、今月今日というなき父の命日に、うれしやここでその仇敵にめぐり会ったのだ。あそこに倒れておるのがその仇敵だ。江戸の町人は侠気《おとこぎ》に富むと聞く。な、討たせてくれ。公儀へは追って届ける。さすればお前も、義に勇んだかどによってそこばくの下し物に預かるぞ。そこらは必ず俺が計ろう」
「何をいやんで! 親の仇敵たあ時代においでなすったね。うふっ、へそ[#「へそ」に傍点]茶もんだ。おいらああすこで始めから見聞きしていたんだぜ。ざまあ見やがれ!」
「そうか――では、余儀ない。斬る」
「面白え! やってくれ。てへっ! 一つ注文があらあ。片身におろして、骨つきのところを中落ちにするんだ。どうでえ、田舎侍《いなかざむれえ》の板場じゃあこう意気にあゆくめえ。ざまあねえや」
安兵衛、丸太を斜に構えて食いしんぼうなたんか[#「たんか」に傍点]を切っている。ほんとに斬りそうだったら逃げれあいい。足が早いし、この闇黒《やみ》の夜、ふっ[#「ふっ」に傍点]と消えうせるぐらい、安にとってはお茶の子さいさいだ。だからいやに鼻っぱしが強い。
銀二郎が見ると、守人は路傍にうつぶせに、じっと動かない。
この上は早くとどめを――とは思うが、御免安という変な奴が、眼の前にのっそり[#「のっそり」に傍点]といばっている。
いささか持てあまし気味で、銀二郎は不思議そうに安をみつめた。が、果てしがない! と考えたか黙ったまま振りかぶった一刀を、安をめがけて打ちおろそうとした間一髪、にわかに、乱れた足音が坂を登ってきた。
と知るや、急にあわて出した銀二郎は、守人も安もそのままにして、刀を下げたなりで、するする[#「するする」に傍点]とそこの影屋敷の門内へ吸いこまれて行った。
守人にかけ寄った安兵衛、傷は重そうだが、まだ息があるようだとみると、ひとり何事か決意したらしく、ぐったりしている守人のからだをかついで、影屋敷とは反対の側の草原へはいりこんだ。
隠れて介抱する気と見える。
このとき、坂下から急ぎ足に近づいてくる二つの人影があった。安がこっちから見ているとも知らずにその二人も影屋敷の門に消えた。
「ははあ! 三人ともこの屋敷へはいったな。裏はすぐ饗庭の庭につづいている。こいつあ臭《くせ》えぞ」
一時、守人を忘れて、安が向こう側をにらんでいると、また一人、いつのまにか闇黒《やみ》から現われて、その門前に立っている男がある。
暗いは暗い。が、何ということなしに、安の眼には親しい姿だった。で、音を忍んで声をかけてみた。
「親分――じゃあござんせんかえ」
「おう、安か。そんなところに何してる?」
「怪我人《けがにん》です。あの死に花の若衆で――」
文次は草を分けて近づいて来た。
「え? 死んだのか」
「いえ。どうやら見込みがありそうで」
「そうか。それあよかった。よく見てやれ。大事な身柄だからな――そりゃあそうと安、いま二人あ
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