く女のもので、これを入れれば数もそろう。女はひとりごと。
「どこをどうまわって来たのか知らないけれど、こりゃあたしんだから、いっそもらっておこうよ」
と女が、里好の小判も入れてすっかりしまい込んだとき、犬のようにはいながら窓の下を離れた黒い影がある。
二、三間行って伸び上がると、いろは屋文次だ。
さては今までのぞいていて、委細を見届けたものとみえる。
何か考えるところがあるのだろう。ぱっぱっ[#「ぱっぱっ」に傍点]と土を払うと、わざと雪駄をちゃら[#「ちゃら」に傍点]つかせてそのままうす闇に呑まれてしまった。
灯りのない屋根の下は、暮れやらぬ外光が物の姿を浮き出させて、海の底のようにひっそりとしている。そのなかで女はつくねんと長火鉢にもたれたまま、身じろぎ一つしない。里好の寝息が、まを置いて安らかに糸を引いている。
と、だしぬけに声がした。
「えらい大金を持っていなさるのう」
女はぎょっとして顔を起こした。が、案ずることはない、里好が寝言をいっているらしい。
「うむなかなか金を持っている」
里好がつづける。寝言は寝言だろうが、これはまたずいぶんと壺《つぼ》にはまった寝言である。
ことによると最初から狸《たぬき》寝入りをして見ていたのかもしれない。
こうなると女も驚かない。くらやみに白い歯がちか[#「ちか」に傍点]と光った。
「ああ、もってるとも。だがね。これはいわくつきのお金でね。あるお方からお声がかりがあるまではあたしが預かっているようなものなのさ」と十二分に要心して「お礼をいわしてちょうだい。小父《おじ》さんが拾って来たのもこの中の一枚だったよ」
眠っているはずの男と、起きている女とのあいだに、小声に珍妙な問答がはじまる。里好は相変わらず軽く鼾をかいている。
「わしは拾って来たのではない。どうしてあのどうろく[#「どうろく」に傍点]がその小判を持っていたのか知らないが、昌平橋のうえで掏《す》ったのだ。巾着《きんちゃく》切りだよ、わしは」
里好子、寝言に事寄せてみごとに名乗りを上げた。これで女は結句安心したとみえる。
「そうかえ、おおかたそんなところだろうと思ったのさ」
格別面白くもなさそうだが、伝法なことばづかいはもう里好を仲間扱いにしている。
「そんならこれから親分さんと呼ぼうかねえ」
里好が眠《ね》たまねをしているせいか、どうも女のほうが一桁上を行ってるようだ。
「よしてくれ」と里好はまだ合の手に鼾を入れて、
「こうやき[#「やき」に傍点]がまわってはあがったりだ。今日なんかも、この手を引く拍子に小指が襟へかかってな、それであの野郎に感づかれたらしい。脚の早えやつだったよ。すんでのことで追っつかれるとこだったが、ついぞない自分の失敗《しくじり》を考えると、わしは安閑としてはいられないのだ。このごろおっかねえ風が吹いて来たぜ」
「ほんとにねえ。そういえばあの男、気になる眼つきをしていたよ」
と女もちょっとしんみりする。
「あんたは姿見の井戸てえのを知ってるかね」
きいたのは里好である。
「何だい、その姿見の井戸とかってのは」
「井戸の底だ。江戸じゅうの大悪党の寄り合い場。御存じかな」
「初耳だねえ。どこにあるのさ」
「井戸の底にあるのだ。ある大きなお屋敷のな。――ところで、さっきみてえなことがあってみると、わしもつい弱気になってちっと草鞋《わらじ》をはきてえと思うが、さて、江戸を離れるのは業腹《ごうはら》だ。そこで当分この井戸のたまりで暮らすつもりだが、あんたはここに残ろうと浅草へ帰ろうと、つれないようだが自儘《じまま》にしてもらおうじゃないか」
と寝言の里好、やにわに変なことを切り出した。
「水臭いことをいうじゃあないの。それあひょん[#「ひょん」に傍点]なことからこうしてお前さんの厄介になって、まだほんとの名前も明かさないあたしだけれど、一日だって一つ釜のお飯《まんま》を食べれあまんざら他人でもないはず。今朝も出がけに自分からわしの妹にしておこうなんていったくせに、忘れっぽいったらありゃあしないよ、ほんとに」
「では、あんたは、お福の茶屋嬉し野のおきんさんではないのか」
「うれし野のおきんとは、世を忍ぶ仮の名、ほほほほ、はばかりながら茶くみ女に見えますかねえ。あたしゃ宿なしのお蔦というふつつか者、幾久しくお見限りなく――とまあ、いうようなわけでさ。一つ気をそろえてその姿見井戸のたまりとやらへ出かけようじゃないか。いろいろ話もあることだし」
「うむ、ついて来るものならとめもしない。よかろう。面白い。またいい目が出ないものでもないからな」
里好はがっぱ[#「がっぱ」に傍点]とはね起きると、今眼がさめたという形。
「あああうあ!」と、両手を張ってのんきなあくび、別人のような大声。「ああよ
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