。おらあちと思惑《おもわく》があるんだ。首尾は夜|自家《うち》で聞こう」
「しかし親分、ここは一つ手を借りてあの稚児《ちご》どんを引っくくったほうが早計《はやみち》でがしょう」
「まあいいや。御苦労だが、行って来てくんねえ」
しかたがないから安兵衛、
「ごめんやす」
と一言仏頂面に頬かむりをして歩き出す。
別れた文次は、あとをも見ずに急いで昌平橋《しょうへいばし》へかかった。まず連雀町へ寄るつもりであろう。が、橋の半ばで歩がゆるむと自然とその場に立ちどまって、袂から取り出したのは、一枚の小判。
さっき二階の鎧櫃の底にあったものだ。
人間の悲願|煩悩《ぼんのう》を一つにこめて、いつ見ても燦《さん》たる光を放っている。
欄干へ寄って、いろいろと陽にあててながめていると、
「おや! ふうむ、これあ妙だわい」
何か発見したらしい。おどろきと喜悦《よろこび》、つぎにこわい表情が文次の顔に三《み》つ巴《どもえ》を巻いた。手早く金を袂へ返して、何思ったか走り出そうとしたが、よっぽど泡《あわ》を食っていたものと見える。どうん[#「どうん」に傍点]とぶつかるまで向こうから来る人に気がつかなかった。
「お! ごめんなさいよ」
「気をつけやがれ、ど盲《めくら》め!」
声ではっ[#「はっ」に傍点]とすると、そこは職掌《しょうばい》、手がひとりでに自分の袂をつかんだ。
と、小判の手ごたえがない!
「はてな、落としでも――」
振り向くと、めくら縞《じま》長袢纒《ながばんてん》の頸《くび》に豆絞りを結んだ男が、とっとと彼方《むこう》へ駈けて行く。
「うぬ!」
歯ぎしりをして、文次は跡を追った。が、逃げ足は早い。見る見るうちに男は遠ざかる。たまらなくなったいろは屋文次、見得《みえ》も外聞も捨てて大声をあげた。
「すりだ、巾着《きんちゃく》切りだ。つかまえてくれ!」
往来がにわかにざわめき立って、両側の家からも人がとび出て来る。
あけられたら百年目
前の晩のことである。あれで五つごろだったろうか。
女はいつのまにか気を失ったものとみえる――。
こつん、と誰かが軽く外部《そと》から蹴りながら、
「何だ、鎧櫃ではないか」
頭の上で声がするのが、ちょうど水の中を通って来るようにかすかに耳にはいると、女は、ぽうっと、たとえば水蓮の蕾が割れるように、おぼろげながらも意
前へ
次へ
全120ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング