がちの瞳《め》、江戸じゅうの遊里岡場所をあさっても、これだけの綺麗首《きれいくび》はたくさんあるまいと思われるほど、名代の女形《おやま》が権八にふんしたような、実にどうも優にやさしい美男。
これにつけて思い出すのは、津賀閑山の下男久七が、確かに女のような若いお武家さまが鎧櫃をお受け取りになりましたと申し立てていること。ははあ、さてはこいつだな、と文次はひそかにうなずいたが、それにしてもこの二枚目、何しに空屋にうろうろ[#「うろうろ」に傍点]している。
白粉《おしろい》焼けのような、荒淫《こういん》にただれた顔に桜花《はな》の映ろいが明るく踊っているのが、男だけにへんに気味が悪い。
「何だ。貴様らは何だ?」
口の隅から侍がいった。文次は二度びっくりした。その声であるが顔や姿とは似も似つかない。これはまたどら猫を金盥《かなだらい》へたたきつけたような、恐ろしいじゃじゃ[#「じゃじゃ」に傍点]ら声なのだ。
「何しに参った?」と手を帯へはさんだままで、「うむ、これ、何しに来たのだ」
文次があきれて黙っていると、侍は、ぞっとするようななよなよ[#「なよなよ」に傍点]したからだつきで鼻がくっつくほどひた押しに押して来る。
「へえ、あの」勝手が違うので文次もまごつかざるを得ない。
「通りすがりに貸家札を見ましたので、実はその、お邸を拝見に上がりました。あなた様はこちらの――?」
しどろもどろにいいかけると、色気たっぷりな若侍の眼に、魅殺するような悩ましい笑いがのぼった。
「あなた様はこちらの――どなたで?」
文次はくり返した。組しやすいと見たのだ。金と力のないのが色男の相場、こんな陰間《かげま》の一匹や二匹、遠慮していては朱総《しゅぶさ》が泣かあね。
「なに? どなた? 貴様らこそ何だ」
侍は一本調子だ。
「ですから今も申し上げますとおり、ちょっと貸家を見に――」
文次の口の動くのをみつめて、侍は片えくぼを深めている。安兵衛め、少しずつ安心してにやにや[#「にやにや」に傍点]し始めた。
文次は手を振った。
「まあま、御安心なせえまし。わたしどもは決して貸家にはいり込んで他人様《ひとさま》の荷を知らん顔して着服するような者じゃあごわせん。ねえ、あなたはここで鎧櫃を受け取ったそうですが、ちと悪戯《わるさ》が過ぎませんか。まあさ、仮に、仮にですよ、泥棒――といわれても
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