ながめていたが、やがてのことに、だんだんと顔に驚異の色が浮かんで来て、
「親分!」と叫ぶように、「こいつあよっぽど妙でげす、おんなじ家が二つありやすぜ」
 そういいながら安はやにわに文次の腕を取ってぐいぐい[#「ぐいぐい」に傍点]引っ張って歩き出した。
「どうせお前、旗本屋敷だ。同じ建造《つくり》の二つはおろか、江戸じゅうにあ何百となくあるわさ」
 うす笑いを浮かべて、それでも文次は安のなすがままに、そのうちに二人は、どっちから先ともなく、一散に道を走っていた。
 妻恋稲荷の杉並木に沿うて、二、三丁南へ下ると立売坂《たちうりざか》。
 登りつめればお駕籠者の組屋敷。
 と、その中途に、ちょうど饗庭の屋敷と背中合わせに、一軒の家が建っている。
「これだ、親分。どうでごわす、見分けがつきますかね」
 安兵衛が指さした。
 なるほど、これでは誰でも間違うのがあたりまえ、どう見ても全く同一で、ちょいと見分けがつかない。
 不思議といえば不思議。
 真昼間の妖術といおうか、薄っ気味の悪いほど似ているではないか。
「あっしはさっきからここに立って見張っていやしたが、誰一人出たものも、へえった者もござえません。しかし、あれが饗庭の屋敷とすると、これあどなたのお住まいですえ?」
 安がいった。誰の屋敷? 文次も知らない。
 鷹《たか》のような険しい眼をすえて、文次は黙って、その屋敷をみつめている。
 明様の土塀に型ばかりのお長屋門、そっと潜《くぐ》りをあけてのぞくと、数寄屋詰道句風をまねた飛び石づたいに正面の大玄関が見えて、何年にも手入れをしないらしく、雑草にうずもれて早咲きの霧島がほころんでいるぐあい、とにかく、一本一石、松の枝ぶり、枯れ案配、壁の汚点《しみ》から瓦《かわら》のかけ方、あたりのただずまい何から何まで、似ているのではない、全然同じなのだ。
 単なる偶然の一致?
 それにしては、すこしく念が入り過ぎていはしないか。
 裏はすぐ、饗庭の屋敷につづいている。
 とすると――?
 影武者というのは軍談で聞いたこともあるが「影屋敷」はこれがはじめて。
 はてな?
 いやいや、まさか! そんなばかな!
 文次は空を仰いで、からからと笑った。
「なあ安、世に間違えほど恐ろしいものはねえな。最初《はな》の間違えにまた間違えを重ねて、すんでのこっておっかねえお武家に一つ抜かせるとこだ
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