がお蔦を見かけて、あとをつけて、神田の連雀町でまかれたってこたあ俺にあちゃん[#「ちゃん」に傍点]とわかってる。安、なぜいままで黙ってた?」
「ごめんやす」
「ごめんやすじゃねえ」
「へえ」
「へえ[#「へえ」に傍点]じゃねえ。こうっ、安、われあ何だな俺を出し抜いて一人功名を立てようとしたな。どうだ。図星だろう?」
「と、とんでもない! そ、そんな――」
「なら、何だ? 何だよ? その理由《わけ》ってのをいってみな。え。おう聞こうじゃねえか」
「へえ。実は親分」と安は頭をかいて、「実あその、もうすこしはっきり[#「はっきり」に傍点]見当がついてから申し上げようと思っていましたんで……ついその、胸一つに畳んでおく、ってなことに。へへへへ、ごめんやす」
文次の眼がぎょろ[#「ぎょろ」に傍点]っと光った。
「嘘をつけ! てめえは何だろう、あのお蔦に惚れてやがって、それで、俺にこっそり女をつらめいて味なまねをしようとたくらんでいたんだろう? いうことを聞けあ眼をつぶって放してやるとか何とかぬかすつもりで」
「じょ、冗談じゃねえ!」
「そうよ冗談じゃねえぜ。それに安、お蔦あ桝目《ますめ》を打った小判で五百両も持ってるから、なあ手前の考えそうなこった」
「まあ、親分、何もそうぽんぽん――」
「ぽんぽんいいたくもなろうじゃねえか――それによ、お蔦がまだ両国で人魚に化けて小屋へ出ていたころから、てめえいやに熱心に通ったじゃあねえか」
「面目ねえ。ごめんやす。へへこのとおり――」
「ま、いいやな。だがなあ、安、てめえの情婦《いろ》のお蔦も、おれみてえな野暮天にかかっちゃあ災難よなあ。おらあこれから三味線堀へ出向いて、お蔦を挙げてくるつもりだ」
「えっ! すると何ですか。やつあ今三味線堀にいるんですかえ。へえっ! こりゃ驚いた」
「おどろき桃の木|山椒《さんしょ》の木だろう。しかもお蔦ばかりじゃねえ。お蔦といっしょにいる手枕舎里好とかいう狂歌の先生もしょっ[#「しょっ」に傍点]引いてくるんだ」
「狂歌の先生がどうかしましたかえ」
「なあに、そいつあ掏摸よ。おれあゆうべ神田の津賀閑山の店へ寄ってな、ちょうど脅迫《ゆすり》に来ていた女侍の話を聞いてしまった。
お蔦は鎧櫃にへえって閑山の店を出て、それから久七のまちげえであの空家へ届けられたんだが、そこから逃げて、今あ下谷の三味線堀の里好
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