っぷりだ。
 独身《ひとりみ》の女ぎらい、なんかと納まってみたところで、今こうして女の白い顔をながめて眼尻に皺を寄せているところ、おやじまんざらでもないらしい。
 湯灌場物が主だが、場所柄お顧客《とくい》にはお屋敷が多いから、主人《あるじ》の好みも見せて、店にはかなり古雅なものがならべてある。刀、小道具、脇息《きょうそく》、仏壇、おのおのに風流顔だ。
 正面、奥とのさかいに銀いぶし六枚折りの大屏風《おおびょうぶ》、前に花梨《かりん》の台、上に鎧櫃《よろいびつ》が飾ってある。黒革《くろかわ》張りに錠前《じょうまえ》角当ての金具が光って、定紋のあったとおぼしき皮の表衣《おもて》はけずってあるが、まず千石どころのお家重代のものであろう。女はこれへ眼をつけた。
「ねえ、あの鎧櫃を売っておくれよ」
 こう甘えるように身をくねらせて、畳の上へ乗り出して来る。閑山は笑った。
「うん。売ってやろう。が、何にしなさる?」
 当惑の色が女の顔に動いた。それはまたたくまに笑い消して、鈴をころがすように屈托《くったく》なげな高調子。
「ほほほほほほ、いいじゃあないの。売り物を買おうというのにそんな詮議《せんぎ》だてはいらぬお世話さ」
「ははは、おおきに――」
「けれども、お爺《とっ》つぁんだから話して上げよう」と女はちょっと真顔になって、「あたしゃもう何もかもいやになった。いっそあの中へはいってどこかへ行ってしまいたいのさ」
 閑山老は眼をぱちくり。
 ――これは、ことによるとき[#「き」に傍点]印《じる》しかな?
 だが、そうも見えないぞ――。
 とっさに思案がつかずにいると、女は妙にしんみりして来て、
「ねえお爺つぁん、世の中なんて変なものさね。こっちで死ぬほど思っている人は鼻汁《はな》もひっかけてくれないし、いやでいやでたまらない奴は振っても巻いてもついて来やあがるし、うっかりそれを義理人情のしがらみに取っ付かれるはめになりゃあしまいかと思うと、そいつの執心よりはあたしゃ、このこころがこわいのさ、どうしてくらすも一生なら、ねえお爺つぁん、山王のお猿さんじゃないけれど、なんにも見ず聞かずいわずに過ごせないものかねえ、なんかとならべたくもなろうじゃないか」
 何かしら迫って来る力に閑山はいつしかひき入れられていた。
「色界無色界というてな、到《いた》るに難《かた》しかの」
 湯灌場買いら
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