んに言い聞かせなくては――。」
 気がつくと、ぼんやり口をあけて、固く両手を握っていた。掌《て》には、冷たい汗があった。
「何も恐いことはない。思い出すようにしてみましょう。」
 ひとり言が、逃げた。

 ゆうべ夢を見たのだった。また、あの夢だった。
 何年か前、少女のころからだったように覚えているが、ああ毎晩のようにかの女に現れて親しかった夢を、昨夜久しぶりに見たのだった。が、夢それじしんは、べつに変った夢ではなかった。しかし、親しかったとはいっても、昔つづけさまにかの女の小さな枕を訪れて、そして、いつもすこしも違わない内容なので、ほとんど現実のように、いや、むしろ現実以上に慣れていただけのことで、お久美は、その夢が嫌いだった。子供ごころに、訳もなく恐しかった。毎晩のように、この夢に襲われて、※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]いた末、泣き叫んで眼をさましたものだった。それが、この十年ほどとんと見なくなって、かの女はすっかり忘れていたのだった。忘れてはいなかった。時どき人の夢のはなしなどに関聯して、思い出すことはあったが、ぼやけた、遠いものとして、ほかの幼い日の記憶のなかに
前へ 次へ
全32ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング