溶けこんで行っていた。そこへ、何の前ぶれもなく、ゆうべあの夢が返って来た。しかも、以前の何倍もの強さと鮮かさをもって、それは、警告的にさえ感じられるものだった。頭脳の底の深いところが揺すぶりかえされて、そこから、少女時代の極彩色の恐怖が、群がり立ってきた。それは、お久美にとって、身の毛のよだつような、美しさだった。
といっても、単純な、それだけとしては、充分無害な夢だった。高い断崖の上は、短い草が、海からの風に一せいに寝かされた。広い野原だった。一本の砂の小径が、陽に光って、うねっていた。お久美はそこを、何か急用があるように、ひとりでいそぎ足に歩いていた。二十歩ばかり左手は、もう崖縁で、はるか下に、白い海が騒いでいた。お久美の拾っている路は、両側に低い潅木の繁みを持って、ゆるい勾配で山のほうへ上っていた。ところどころに、足掛りの丸太が、階段のように二つ三つずつ横倒しに置かれてあった。あちこちの草むらから、鳥が立って、あたまのうえで鳴き交したりした。
人には、ひとりも会わなかった。逢ったことがなかった。いつも、陽の沈むちょっと前だった。夕方だから急がなければならない。かの女は、そう考
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