雲の峰が立って、あらしを予告していた。お久美は、何となく急《せ》きつかれるような思いで、目的地に重大な用事を持っている人のように、いつの間にか、裾をからげていそいでいた。砂地に潅木の繁った丘を上りつめると、切り立ったような断崖のふちの、ちょっと広い野原へ出た。曲りくねった小径が、導くように遠くへ走っていた。それが、ゆるい勾配《こうばい》をもって、また一つ先の小山のほうへ、渡り板をさしかけたように、坂になっているのだった。ところどころに、朽木《くちき》が横倒しに置かれて、足がかりの段になっていた。ぼんやりと、だが、しかし息を切らして、お久美はそこを登って行った。人かげに驚いて、草むらから鳥が立った。潮風に矯《た》められて一方へだけ枝を伸ばした磯松の列が、かの女の視野へはいって来た。つぎに、かの女の見たものは、荒れ果てた墓地をまえに無残につぶれている古寺の屋根と、そこと崖の縁とのあいだの、以前《もと》庫裡《くり》のあったらしい場所に、なきがらのように積み上げてある材木の山だった。はるか眼の下に、白い波の線が、岩を噛んでいるのが見えた。
 石一つ、草いっぽん、夢のけしきと同じだった。夢にみる
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