睡を持って、この、身を締めつけるような苦悩から漸次に恢復する。そう想像するだけでも、それは、今のかの女にとって、何よりの歓喜であり、誘惑であった。ひとりで行っていなければならないことは、いうまでもなかった。
この方法に、お久美が簡単に同意したことは、庄吉がちょっと意外に感じたくらいだった。夫婦のあたまに同時にうかんだのが、上総の佐貫《さぬき》の在、百前《ももさき》から海へ寄った谷由浜《やゆはま》という小さな漁村だった。先年暇をとって退って行ったが、長く上庄《かみしょう》の女中頭をしていたおひさの故郷で、おひさの生家は、土地でも相当の漁師だった。
江戸の人は、気が早かった。翌朝早く、お久美は、出入りの鳶の者を供に、その上総の谷由浜へ向ったのだった。江戸から、二十三里のみちのりだった。
おひさが、どんなよろこびをもって、旧主家の内儀を迎えたか、それはいうまでもなかった。田舎の人の、おかしいほどの質朴さがお久美を包んで、思わず微笑まれることが多かった。風防けの松林の砂浜をへだてた、黒い板塀の一部が、おひさの家だった。さほど見ぐるしくない離家《はなれ》が、お久美の居室ときめられて、あらゆ
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