は、はげしく自分を鞭撻して、睨み倒さずにはおかないといった意力をこめて絵に見入った。絵の、しずかな眼が、かの女の視線を受けとめて、弾きかえした。絵の顔が、かすかに笑いを拡げるにつれて、お久美も、知らずしらず、ほほえまずにはいられなかった。客のこみあう、狭い絵草紙星の店で、かの女は、岩井半三郎と二人きりで対しているのだった。
お久美は、にっこりした。店員のひとりが、そばへ来ていた。
「いらっしゃいまし。豊春の岩井半三郎の死に絵でございます。だいぶ古いもので、七十年ぐらいのものでございましょうか。」
「兼、出ましょう。」
逃げるように、伏見屋の店を出た。
死絵というのは、死んだ俳優の似顔絵のことだった。うすい藍摺りが特色で、この豊春筆岩井半三郎のそれは、白無垢を着て悄然と立っているすがただった。背景に、三途の川の杭が見えて、さびしいけしきだった。伏見屋の者のいうとおり、絵の主の岩井半三郎も、画家の勝川豊春も、七十年ほど前に死んでいるのだった。
七十年まえの役者の顔だった。それがどうしてこの、縁もゆかりもない自分を、こんなにまで呵《さいな》むのだろうか。冷静にかえったお久美は、不
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