風の老人もあった。お店者《たなもの》ていのが、わらい絵らしいのを手早く買って、逃げるように出て行くところだった。
さむらいたちが、はいってきたお久美へ、いっせいに眼を向けたので、かの女は、江戸の女の誇りを傷つけられたように、すこしつんとして、横の壁に眼をやった。絵は、そこにかかっていたのだった。
ぼんやり見つめて、その絵と、向かいあって立っていた。
心臓が跳び上って来て、咽喉をふさぐ気もちだった。血がたしかに一時とまった。そしてすぐ、はげしく騒ぎ出した。心理的な嘔気が、お久美に突きあげてきた。かの女の見ているものは、あの男の肖象だった。
くっきりした輪廓だった。うすく緑を帯びた、すき透るような皮膚に、白い額部が、冷えびえと冴えて見えていた。おっとりと笑いをふくんだ切れ長の眼が、気のせいか、絵からまじまじとかの女を見返していた。女のような、形のいい小さな頤を引き気味に、ぞっとするほど通った高い鼻だった。絵でも、見ようによっては、おちょぼ口が、いまにも噴飯《ふきだ》しそうに歪んでいた。夢と同じに、お久美にとって、生れるまえから相識のような、たまらなくなつかしいものに思われてならない
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