らす気もちで、晴ればれとしっかりした足どりで歩いて行った。
横町のむこうに、炎天の下の不忍の池が、眼に痛いほど強く光っていたりした。気に入りの女中のお兼が、下駄を鳴らしてつづきながら、何かしきりにおどけたことをしゃべっていた。
お久美は、きのうの良人との会話《はなし》を思い出して、足が自然に、池之端仲町の伏見屋へ向くに任せていた。好きな芝居の絵でも見たら、こころもちがぱっとするだろうというのだった。
番頭や主人にとび出されて、挨拶したり、ちやほやされたりしたくなかった。それには、都合よく、伏見屋は混んでいた。いろいろな俳優《やくしゃ》や美人の似顔や、なまめかしい女の立ち姿などが、店いっぱいの壁に掛ったり、ひろげられたり、つみ上げられたりしていた。桐の箱にはいって、高く重なっているのもあった。畳紙に挟んだのを、小僧がうやうやしく取り出して来て、客に見せていた。一隅では、勤番者らしい侍が二、三人、江戸の土産《みやげ》にというのであろう。美人画を選りながら、ひとりが低声に卑猥なことでもいっているとみえて、崩れるような笑い声を立てていた。名所図絵を繰って、もっともらしく首を捻っている隠居
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