、「おうむせきえぞうしばんづけ」と、呼び売りして歩く習慣だった。役者の絵に、その狂言の台詞《せりふ》が書き抜いてあって、声色《こわいろ》の好きな人の便宜にそなえてあった。諸国の名所に、山彦を伝える鸚鵡石というのがあって、鸚鵡が声を返すように聞こえるところから、そう呼んでいたが、この絵草紙は声色の具だというので、その石に因《ちな》んで誰となく名づけたのだった。たいがい紙五杖ぐらいのもので、はじめの片面に、名ある浮世絵師が淡彩で俳優の肖像《にがお》を描き、版摺りも、かなり精巧なものがすくなくなかった。
 上庄は、芝居絵が好きで、ことにこのおうむ石をあつめることは、かれの唯一の趣味だった。
 自然、お久美も、そういったほうの絵を、よく見ていた。

      三

「伏見屋へも、しばらく足が遠いな。」
 ふところに、団扇の風を送って、庄吉がいった。
「御無沙汰つづきで、敷居が高うござんしょう、ほほほ。」
「まあ、そういったところだ。残念だが、まだ当分、抜けられそうもない。第一、この暑さでは、いくら好きな道でも、絵なんぞ見に出かける気にはなれませんよ。お前、かわりに見ておいで。」
「ええ、その
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