呆れた顔で笑ってしまった。
中条は一時やはり「俺が疑いすぎたかな」と安心した。けれども吉田が直ちにあとから云った言葉が中条を直ちに不快にした。
「僕、今度はじき帰りたいんです。お姉さん(彼は綾子のことをいつもこう呼んでいた)とこの夏、ブルッフを合わせる約束がしてあるんですから」
「この男はひどく無邪気な人間か、途方もない、白らじらしい奴だ」と中条は考えた。
機会があったら吉田を此の地上から失ってしまい度い、とは必ずしも今になってはじめて考えたことではない。彼がとりわけて淋しい房州の一角、T海岸をえらんだのもそこに理由があったのである。
夏になると、二人連れの友達が山へ登ったり、海岸に行く。そして一人が誤って足をすべらせて深い谷に陥って死んだり、又は崖から海に陥って岩に頭をぶつけて死んだりすることがよく報道される。
其の時、若し一方が他を殺したとしても、どうしてその殺人を立証し得るだろう。而してもしその動機が外面に表われない場合には聊かも殺人の疑いさえ起り得ない筈ではないか。
誰も人目にふれぬことだ。誰も人のいない時決行するのだ。そうすればこの犯罪は永遠に人に知られない。
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