である。俺はもはや綾子の沈黙の復讐に対しては沈黙の争いをつづけなければならないのだ。
 しかし、俺はこのごろ凡ての人々に人殺しと呼ばれているような気がする。俺は人殺しを計画した。しかし実行はしなかったんだ。ああこの苦しみをいつになったら晴らす事が出来よう。
 妻以外では、豊の兄の細山伯がたしかに疑っている。ああ毎朝、俺と顔を合わせる意味がわからない。俺は不愉快だけれど、俺が、あの道を通らなくなればなお伯は俺を疑うだろう。おお伯よ、いっそ俺を裁判所へ訴えてくれ!
(この間、日記の日附が三ケ月程あいている)
 ×月×日
 俺はたまらない、こうやって無実の罪を凡ての人々からきせられて見られているのは。綾子は断然俺を人殺しと見て居る。一言もそれにふれない限り、俺も一言もいうまい。伯爵も毎日あうが何の為にわざわざあの時分通るのだろう。そうして訴えるようすもない。彼は俺を殺すつもりなのだろうか。
 それ程疑うならいつでも殺されてやる。しかし、汝の復讐は神の目から見れば真正の復讐ではないのだ。
(この間数日のへだたり)
 ×月×日
 昨日は危く自動車にぶつかる所だった。
 医者は毎日歩けという。併し
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