っちから質問した。
「一体どうしたっていうんです? あの男が? 何の嫌疑なんですか、無論斯様な事は立ち入ってうかがうべき事ではありませんが」
 署長は、にこやかに答えた。
「別にあなたの事だから、かくす必要もないんですよ。それにとんだ御迷惑までかけたのですから、その点から云ってもお話しした方がいいでしょう。なにね、昨日あの男の妻が自宅で死体となって発見されたのです。一見自殺のように見えるのです。無論自殺としても理屈は立たぬ事はありません。最近子供を失ってひどく悲観していたそうですからね。ただ遺書がないのと、なおこれは一寸まだ申し上ぐべき時ではないのですが二、三、妙な点があるのです。でとりあえず他殺の嫌疑で今犯人を捜索中なのです。あの男もその嫌疑者の一人なのですよ。死体の発見されたのは昨日ですが、殺されたのは――もし他殺とすれば一昨夜ですね。解剖の結果、これはたしかです」
 この署長の言葉は、私には全く意外だった。私は一寸ぼんやりとした形だった。しかし、つまらぬ事を云わないでよかったと思った。同時に私はある事をすぐ思い浮かべた。
「それならばあの男は無罪です。私は一昨夜の十時頃、東京市内
前へ 次へ
全39ページ中36ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング