がない。議論の彼岸にあるべきである」
ここまで二木検事はいい気になって喋舌《しゃべ》ると一寸《ちょっと》休んで傍《そば》の書記に何かひそひそと耳打をした。書記は机の上にある一件書類を携えると、いそいでドアの外に出て行った。
「ねえ君、そこで君の所謂《いわゆる》『完全なる犯罪』もまた、もし本人が名告りをあげるとそのとたんに不完全になるわけだ。そこで遺憾ながら今度の犯罪も不完全なものとなったのだよ。即ち君は自身で犯罪を行い自ら名告りをあげているじゃないか」
「じょ、じょうだんでしょう。僕は一度だって自分がしたなんて云った事はありませんよ」
「指紋はどうしたかね。足跡はどうしたかね。而して眼鏡、それに残してあったエアシップ二本。このエアシップは偶然にもこの小生が愛用し、従って君の平常の愛用品と一致するの光栄を有している。――ここに或る男があって或る女を痴情の果から殺そうとして決行する。而して右にあげたような証拠をのこしておけば一応必ずその男に嫌疑がかかる」
「御尤《ごもっと》もです」
「ところで君はそのさきを考えた。真犯人がまさかわざわざそんな証拠を残しておくわけがない。だから検察当局も必
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