依頼人なんだよ。残念ながら、筆蹟から、顔かたちを推理する方程式がないので、美醜の程は判らないが、とにかく若い女たることはたしかだ。君だからかまわない、今朝、僕の所についた手紙を見せようか」
 彼はこういいながらおもむろにポケットに手を入れた。

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 私はこの辺で、藤枝真太郎という男の経歴と、それから余り自慢にならぬ私自身の経歴とを読者諸君に一応、御紹介しておく必要を感ずるものである。
 藤枝真太郎とは、五年ほど前まで、鬼検事という名で、帝都の悪漢達に恐れられ憎まれていた、もとの藤枝東京地方裁判所検事の後身である。
 何を感じたか、五年ほど前にとつぜん辞表を出して退職してしまつた。多くの司法官と同じように、すぐに弁護士の看板を出すかと思つていると、これはまた珍しいことに、世人の予期に反して、彼はいつこう弁護士の登録をしない、しばらくすると、銀座の裏通りに小さな洋室を借りて、私立探偵藤枝真太郎という看板をかかげはじめた。じつに彼が検事退職後、二年後の事であつた。
 それから今日までに、彼は恐るべき怪腕を振いはじめた。関係者が現存する為に彼の功績はいつこう世の中に発表されない
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