、まあ当分だめらしいな」
 藤枝はこういいながら、二本目のシガレットを灰皿にポンと投げこんだ。
 人間というものは、どんなに偉くても一寸先も見えるものではない。
 こんな会話があつてから、半月もたたぬうちに、藤枝はかねて望んでいた通りの――いやあるいはそれ以上の、大罪人と一騎打の勝負をしなければならなかつたのである。
 しかも、その大惨劇の序曲が、この会話から一時間もたたぬうちに、はじまろうとは、全く思いもかけぬ事だつた。
 私は、ふと時計を見たが、三時にもう二分位しかなかつた。
「さつき三時半頃にお客が来るといつてたがまだいいのかい」
「まだいいさ」
 彼はこう答えたが、意味ありげな笑顔をすると、ちよいと私を見ていつた。
「僕の望みは当分達せられそうもないが、女性礼讃者の君には多少の好奇心を与えるかも知れないお客様だよ」
「女の人かい」
 私は、思わず云つてしまつた。
「うん、そうさ」
「どんな婦人だい、若くて美人かね」
「そうせき込み給うな。まだ会つたことはないんだ。今日がはじめての会見さ」
「なあんだ。しかし君のことだから、別に粋筋というわけでもなかろうが……」
「無論だ。事件の
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