はまつたく思えないね。今も云つたように、殺すまでに実に冷静に計画し、人殺しをしたあとでも、まるで朝めしでも食べたあとのように悠々として、少しも恐怖心や良心に悩まされてはいない。全くおどろくよ」
「無いとは云えないだろう。君が未だ出会わないだけじやないか」
「ともかく僕はまだ一度もお目にかかつたことはないな。検事をしていた頃だつて、それからやめてからだつて、まだ一度もそんなひどい奴に出つくわしたことはない。詐欺だの横領の犯人になると、ずいぶん悪智慧をめぐらして犯罪を行う奴がいるが、殺人犯人にはちよつとないね。だいたい人を殺すなんて事が、馬鹿な話だからね。智慧のある奴じやできないよ」
彼は紅茶をすつかり呑んでしまつて、次の一杯をまた命じた。
「じや、智慧のある人間は殺人をしないとして、殺人狂なんてものはどうだい」
「殺人狂はたくさんある。しかし、余り智慧がないから、名探偵が出るまでもなく直ぐ捕まるよ」
「生来的に殺人狂で、そうしてすばらしく智慧のある奴が出て来ると、いよいよ名探偵が出動するわけかね。どうだい、そういう犯人と一つ一騎打の勝負をやつては?」
「それは僕も望んでいることなんだが
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