ロ・ヴァンスの如くに博学に非ざれども……」
「オイオイもうよせよ」
彼は、でもちよつと恥ずかしそうに顔を赤らめて、私のいうことをさえぎるように云いはじめた。
「君のいう通り、探偵はえらすぎるよ。しかし僕に云わせれば、こないだの小説にしろ、どの小説にしろ、悪人が少々悪すぎると思うね。どうして小説家がほんとの悪人を描かないのかね」
「ほんとうの悪人?」
「そうだ。いつたい探偵小説に出てくる悪漢は大悪人すぎるよ。作りつけの、生れながらの悪人なんだ。たとえば、人を殺すのに、実に遠大な計画をたて、冷静にやつつける。それからあとでも実に平気でその始末をつけている。あれがちよつといやだな」
「じやなにかい。君はそんな悪人はないという気なのかい。そりや少しおかしくはないかね」
3
「どうして?」
「こりや君の方が詳しいはずだが、犯罪学では生来、犯罪人という一つのタイプを認めているんだろう」
「そりやあるさ。そういう犯罪人はある事はある。『オセロー』に出てくるイヤゴーなんかはまずその例さ。しかし、めつたに出てくるものじやないぜ。ことに探偵小説に出てくるような殺人犯人がこの世の中にいると
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