云つて私の方を見てにつこりほほえんだ。
 次の瞬間、私は、隣室に劣らぬ大きな日本間の敷居を跨いだが、そこにずらりと並んでいる人々を見て、ちよつとめんくらつた形だつた。
 私は、いきなりひざをつきながら、
「私が小川雅夫です」
 と丁寧におじぎをした。
 すると正面にきちんとすわつていた立派な紳士が答えた。
「お名前はひろ子から承つております。藤枝先生とご同道になつたそうで、私秋川駿三です」
 見ると、鼻下に立派な髭をたくわえた一見品のある紳士であるが、ひどく痩《やつ》れて病人のようにしか思われない。昨夜の悲劇もさる事ながら、かねてから神経衰弱にかかつていたという事もよくうなずける。
 駿三のそばに二人の美しい娘が黙つてすわつている。これらの人々は、隣室で今行われている検屍の結果如何を心配しているのだろう、皆緊張した顔をしていた。
 駿三が一人一人紹介した。
「これが次女のさだ子、次が初江です。その向うにおりますのが当家におります大学生の伊達正男です」
 娘は一人一人ていねいに礼をしたが、最後に制服で窮窟そうにすわつていた学生が、ひどく丁重なおじぎをしながら、
「僕、伊達です」
 と云つ
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