だよ。あれは誰にもすりかえられなかつた、という意味だ。見給え、早川辰吉はちやんと『帯の間から薬を出して私に見せたのです』といつたのだつたか僕に自白したじやないか。(被疑者第五回参照)女が恋人を犯人と信じた場合、死んでも彼女は恋人を裏切るものじやない。林田はこの心理をちやんと知つていたんだ。実さい、あいつ程女性の心理をよくつかんでいた男はないよ。余りつかみすぎたためにその色彩が強くなつた恨みはあるがね。彼こそ全く、マクベス夫人が何故夫にダンカン王を殺させたか、ということをよく知つていた男なのだ。小川君にはかつて云つたことがあるが(殺人交響楽の項参照)犯罪には必ずその犯人の心理が出る。個性が出る。秋川殺人事件の中で見逃し難いのは恋する若き女性の心理を利用する[#「恋する若き女性の心理を利用する」に傍点]というテーマがその第一楽章に出ているが、すぐつづいて第二楽章にも現れている。すなわちさだ子が……」
「まあそんな理窟はいいから、林田の犯行を説明したまえ」
 藤枝のペタンテイックなおしやべりに堪りかねて検事が口を出した。
「うん、そうさ。そこで十七日に林田は薬をすりかえてさつさと帰つてしまう
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