たのだろう。
 今まで知つている範囲では、秋川駿三は、一代で巨富を作つた人間である。こうした経歴をもつている人の中には、随分ひとに恨まれるやうな事をする者があるから、彼が誰かに恨まれているであろう事は察するに難くはない。
 ではそれは、金銭上の恨みか、恋愛関係についての怨みであろうか。――私の考えはいろいろな方面に動いていつた。
 それにしても、さつき私が此の目ではつきりと見た三角形の印のついた手紙は何者によつてかかれたか。いや、それどころではない、私がこの耳ではつきり聞いたあの女らしい声の悪魔の嘲笑は何を意味するのか。悪魔は正しく藤枝真太郎に向つて挑戦しているではないか。彼はつづいて何をしようとするのだろう。更に、藤枝がひろ子と話をしている間にさだ子の話にふれた時のひろ子のあの表情は? これはなんと解釈したらいいのか。
 私の頭の中には、とりとめのないいろいろの渦巻が交る交る現れたが、結局一つとしてはつきりしたことが判らなかつた。
 珍しく夜の十二時、一時の時計の音をきいたけれども、二時の打つのをおぼえなかつたから、いつのまにか眠りに陷つたとみえる。
 私が目をさましたのは翌日の朝、
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