」
「いいえ、邦文のタイプライターで打つてあつた、そうでございます。表もすつかりタイプライターだと申しております。父の所にまいりましたのもたしかにタイプライターで打つてございました」
「判りました。これで、お父様が、会社を退かれる前のようすが、はつきりしました。つまりお父様は、なに者かの為にいつも脅迫されている。それでいつも心配していらしつた。そのうえ、妹さんの所にまでそれが来た、という事を知つて、ますます煩悶なさつた。その結果、神経衰弱がいよいよひどくなつて行つた、とこう云うわけですな。ところで、妹さんの所に手紙が来た事については、お母様にもお話なさつたでしようね」
「私は何も申しませんでしたが」
「では、さだ子さん御自身は、如何ですか」
このとき、ひろ子嬢の顔にちらと妙な表情が浮んだが、それは直ぐ消えて彼女ははつきりこう云つた。
「いいえ、さだ子もきつと黙つていたことと存じます」
「そうですか。いやありがとうございました。ではつづいてお話し下さい」
藤枝は新しいシガレットに火を点じてうながした。
「つまり斯様な状態で、父はだんだん妙な人間になつて行つたのでございます。十一月のな
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